先進国はいずれも本格的な高齢化社会が到来しており、特に世界一の高齢化率の日本は高齢化に伴う問題が最大の社会的な課題となっている。

 高齢化とともに重要性がましている医療サービスについての国民の評価の国際比較を掲げた。調査が60歳以上の高齢者対象なので全国民からの評価とは言えない点に調査の限界があるが、逆に年齢構成の差によるバイアスを受けていないので調査結果を判断しやすい点はプラスである。高齢者医療の国際比較としては、図録1840も参照されたい。

 この設問は、前問で「医療サービスを利用している」とした者のみである点に注意が必要である。図には、参考数値として、あらかじめ回答から除外された「医療サービスを利用していない」と回答した者の割合を掲げておいた。フランスでは3割、日本やドイツでも約2割の高齢者は医療サービスを受けていない(病院に行っていない)。スウェーデンや米国で医療サービス利用者が1割前後と少ないのは意外であるが、「年に数回利用」が76.5%、61.6%と多くを占めるためである。

 医療サービスに対する不満・問題点に対する回答のうち、「特に不満はない」の回答が少なければ、医療サービスへの不満度が高いと判断できるが、米国が57.1%で最も低く(不満度が最も高く)、ドイツは69.0%と最も高い(不満度が最も小さい)。

 ただ、国ごとにそれほどの大きな違いはなく、米国医療が大きな問題を抱えている割に米国の値はそれほど低くない。米国では健康保険制度の不備により医療サービスが貧困のため利用できない人が多いという大きな問題がある(図録4653)が、高齢者に限った結果では、要求水準が高くないせいか、不満はそれほど多くないのである。

 不満点・問題点の第1位は、韓国、米国の2カ国では、「費用が高い」であり、特に米国は3割を越えている。スウェーデンの「費用が高い」とする回答率は2.2%と極度に少ないのが目立っている。

 フランスでは、「手術などを待たされる」が首位、日本、ドイツ、スウェーデンでは「診察の時に待たされる」が首位となっている。

 「手術などを待たされる」は日本は1.0%と非常に少ないが、フランスで17.7%と多いほか、米国、スウェーデン、ドイツでも1割以上となっており、国際的には、医療への主要な不満としてしばしばあげられる。

 2010〜13年にスウェーデン大使だった渡邉芳樹氏は、スウェーデンでの医療についてこう述懐している。「受診までの手続きは日本より困難な面があります。かつては「医師に会うのは首相に会うより難しい」と言われたほどです。私が大使時代に転倒して顎(あご)を骨折し、手をけがしたときの経験ですが、まず看護師に手の傷口を縫ってもらい、検査を受け、救急担当医に診てもらえたのは7時間後でした。もちろん緊急度の高い患者への対応は別ですし、医師の説明は丁寧で技術も高かったのですが……。(中略)とはいえ、見直しを求める声はあって、国は2010年、基本ルールを法制化しました。地区の一般医に診てもらうまで7日で、90日待てば専門医に会え、さらに90日待てば専門医の手術などが受けられる−−ことを保障する内容です。」(東京新聞2014年1月18日)

 これと関連して、下には、病院の待ち時間の長さからEU域内で診療旅行が増加しつつある点を指摘するOECDオブザーバーの記事を掲げた。

患者だからといってそう待てない(Not so patient)

 ほとんどのOECD諸国では、患者が、プライマリー・ケアにせよ、通院専門診療にせよ、緊急治療においてさえ、長い時間病院待ちをしなければならない。納税者がサービスの改善を期待するのは当然であり、病院待ち時間が喧喧諤諤の政治問題となっていることも理解できる。

 いくつかの異なる国のケースを比較検討した”Waiting Time Policies in the Health Sector: What Works?”によれば、待っている患者の数もさることながら、実際の待ち時間こそが本当に問題なのである。

 待ち時間が長すぎる場合に患者が出来ることは何だろうか?ひとつの選択肢は、より待ち時間が短いところへ出掛けることである。これがEUで起こっていることであり、新しいEU指令(2011/24/EU)では、母国での診療が「不当に遅れている」場合、他のEU加盟国で受けた診療に対して補償措置を講じることを各国に義務づけている。

 欧州バロメーター調査では、EUワイドの回答者の64%が受診を早めるために旅行してもよいと考えている(図参照)。


 しかし、これで待ち時間が減るものなのだろうか?あるノルウェーの研究によれば、減ることは減るが、親族や看護人まで含めた旅行や宿泊のことも考えると費用も高くなることを示している。診療旅行が増えるにつれて、送り出し国における待ち時間削減努力と受け入れ国における自国民保護努力とのバランスをうまく取らないとっていくことが不可欠となろう。

以上OECDオブザーバー記事(OECD Observer No 294 T1 2013)

 もっとも、英エコノミスト誌は「国境ある医師団」という記事(The Economist February 15th 2014)で、医療費の安い国で治療を受けるメディカルツーリズムは、予想されているほど増えていないと報告している。コスト削減につながることから熱心だとみなされた保険会社も国境を越えた安全な診療流動体制を確保するのは案外大変なことだと見なしている。また、同じくコスト削減につながるので有利さがある政府も「政策の失敗」を認めることになるのでそうそう積極的にはなれないとされる。「2002年に英国では診療待ちの患者はヨーロッパの別の国で治療を受けることを認めたが、当時の陰の保健相Liam Foxは、この決定を「屈辱的」と呼び、自国での支出増を行わない政府を批判した。(中略)結局のところ、ヨーロッパの公的医療費支出の1%しか国境を越えた分はないのである。」

(2008年4月21日収録、2011年6月13日更新、2014年1月27日スウェーデンに関するコメント追加、2014年2月11日OECDオブザーバー記事紹介、2月21日The Economist記事紹介、2017年7月12日更新)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 健康
テーマ  
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 

(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)