トウガラシ(とうがらし、唐辛子)が好きな地域はどこかという興味にこたえる消費地図を作成した。1人1日当たりトウガラシ(乾)グラム消費量を図示している。韓国の消費量が過小である可能性が高い点などについてはコメント末尾参照。

 パプリカという辛くないトウガラシのスパイス(香辛料)としての消費量が大きく影響しているため、必ずしも辛いもの好きの地域をくっきりと表示するようにはなっていない。パプリカ(ベル・ペッパー)はハンガリーで品種改良されたトウガラシであり、ハンガリーとその周辺の東欧南部の消費量の多さはパプリカによるものと考えられる(図録0337にトウガラシの辛さランキング)。

 トウガラシの消費中心は、欧州ではハンガリーとその周辺、アジアではインドから東南アジアにかけての地域、アメリカ大陸ではメキシコである。アフリカでもエチオピアなどで消費量が多い。

 同じ地域・国であると北部より南部の方がトウガラシの辛さを好むといわれる。メキシコ(マヤの方が辛さを好む)、米国(テキサスの方が東部より好む)、朝鮮半島(北朝鮮より韓国の方が辛い)、イタリア、インド(北部より南部、またスリランカの方が辛いカレー)。

 トウガラシの原産地は中南米、あるいはメキシコといわれる。品種のバラエティが豊富なこともその証左と考えられる。メキシコではマヤの人々はアバネロ、スペイン系の人々はハラペーニョを好み、アイデンティティのしるしともなっていると言われるが(アマール・ナージ「トウガラシの文化誌」晶文社、原著1992年)、こうした点も原産地ならではのこだわりといえよう。

 大航海時代に中南米からヨーロッパに伝わった後、ハンガリーではパプリカへ進化、またポルトガル人によってアジア各地に伝わった。インドではカレーの不可欠な要素となり、韓国ではキムチやコチュジャン、中国では四川料理の麻婆豆腐、また、唐辛子が野菜のように扱われているブータン料理など世界各地で独自の発展をとげ、広く食文化の重要要素となっている。世界各地にトウガラシが広がった理由は、熱帯原産の香辛料一般と異なって寒冷地や山岳地帯でも育つからと考えられる。


 トウガラシの導入以前からインドにはカレーがあった(図録0417参照)。ノーベル賞を受賞したインド人の経済学者アマルティア・センは、偏狭な文化排外主義が国民の対外文化導入能力を過小評価する傾向のおろかしさについて、次のように巧みに表現している。「「国の伝統」という言葉は、様々な異なる伝統に対する影響の歴史を隠してしまうことができる。例えば、われわれが理解する限りは、唐辛子はインド料理の中心的な部分(人によってはインド料理の「主題曲」とさえ見る)かもしれない。しかし唐辛子はポルトガル人がわずか数世紀前に持ってくるまではインドでは知られていなかったのが事実なのである(古代のインド料理法では唐辛子でなく胡椒を使った)。だからといって、今日のインドカレーがその分だけ「インド的」でないということにはならない。」(アマルティア・セン「自由と経済開発」原著1999年)

 韓国ではトウガラシが当初、倭芥子と呼ばれていたことから、中南米から日本の九州を経て伝わったという説が定説となっている。日本では九州から全国に普及したと 言うより韓国から逆輸入して全国に広がったといわれる。いずれにせよ唐辛子の 「唐」は「舶来もの」という意味だった。

 同時期に導入されたにもかかわらず、韓国と日本でトウガラシの消費量が大きな差が生じた理由としては、肉食文化の普及度にあるという説が説得的である。もともとは日本にも仏教文化を伝えた仏教国であった韓国では、殺生が禁止されていたが、高麗時代にモンゴル(元)の統治下に入り肉食が解禁され、その後李朝時代に儒教が国教となり仏教が弾圧されたのと平行して肉食が普及した。そのため欧米と同様コショ ウの需要が大きくなったが、コショウの輸入のため銀や大蔵経が多く必要となり、代替品として国産が可能なトウガラシへの需要も高まったため、なお肉食を禁じていた日本とは比較にならないほどトウガラシが普及したと言われる。トウガラシを使った発酵食品であるコチュジャンが開発され多くの料理に使われるようになったのもトウガラシ普及の一因であったとされる。ニンニクの普及の日韓の違いも同様の理由であり、また韓国で緑茶が飲まれていなかったのも、かつて茶園が仏教寺院によって経営されており、仏教衰退とともに緑茶生産も減退したためといわれる(鄭大聲「朝鮮半島の食と酒―儒教文化が育んだ民族の伝統」中公新書1998)。

 実はハンガリーにトウガラシが普及したのもコショウの代替品としてであった。オスマントルコ時代にインドから導入されたトウガラシは当初高価な黒コショウに代って貧民に普及し、ナポレオンの海上封鎖でスパイス交易が中断して上流階級にも広がったといわれる。その後辛さより風味を重んじた人々のニーズから辛くないトウガラ シとしてパプリカが開発されたのである(アマール・ナージ、同上書)。

 なお、FAOの統計では、乾物のトウガラシはスパイス(香辛料)に分類されるが、生のトウガラシ(ピーマンを含む)は野菜に分類されている。韓国は生の1人当たり消費量が日本よりかなり多い(日本3.42g/capita/day、韓国18.78g/capita/day、もっとも生重量なので乾物重量に換算するためには韓国のカロリー等価では係数11で除算する必要がある)。従って生のトウガラシ消費量には、日本はピーマンの消費量がほとんどを占めるが、韓国の場合はトウガラシを多く含んでいると考えられる。生のままのトウガラシの消費、あるいは加工向けとして統計上把捉されない生のトウガラシの消費が上の地図やグラフは含まれない。このためトウガラシ好きかどうかということを示す上では不十分であるといえる。韓国などは図示されている以上に消費量が多いと考えられる。

(2007年12月8日収録、2010年12月8日インドカレーのコメント追加、2023年8月3日原産地と伝播ルート図)


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